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コラム 「ある現場事務所」
恩師。
京都には高取株式会社という老舗建材卸の企業様があります。

弊社代表を過去にはそちらに籍をおき、建築資材の販売を通じ『ビジネス』のイロハを学んだそうです。

そして先日。

大変お世話になりました高取株式会社会長が、お亡くなりになりました。

弊社代表以下、他一同ご訃報に対し心から哀悼の意を表します。

幾多のご厚情を思い、まことに痛惜の念でいっぱいです。

ご生前のお姿を偲び、心よりご冥福をお祈りいたします。

これからの建築士
昨今の『耐震偽装』に端を発した、疑惑にまみれた建築業界。




大部分の業者はお客様や明日の建築業界のために、不況の中孤軍奮闘しています。



しかし、ほんの一部の『悪徳』と呼ばれる業者のために、業界自体が危うげなものになる。





悲しい話です。




ですが、落ち込んでばかりもいられませんということで、国土交通省が動きました。






建築業法コンプライアンス徹底。そして、建築士の方々にも法定登録講習というものが設けられました。






法定登録講習とは、平成20年11月28日より施行された改正後の建築士法(昭和25年法律第202号)第22条の3及び第24条第2項をご覧ください。





ちょっと、難しいところがあり私自身の解釈では間違いがあるといけません。





京都の講習機関の中では弊社も所属している特定非営利活動法人 住宅福祉サービスもあります。



またご覧くださいませ。





住宅福祉サービス:http://www.jfs2001.com/

素敵なお店。
こんにちわ。




実は私、無類のお酒好きなんです。





そして、見つけました。






伏見区の大手筋、京都銀行を南に下がる。






『Lag Wagon』ゆったりとした雰囲気と、おいしいお酒が魅力のバーでした。





また、試してください♪

ご報告
あけましておめでとうございます。


弊社の新事務所が京都の南区に完成いたしました。



京都南営業所として1月19日にオープンでした。

アクセスは地下鉄十条駅4番出口から徒歩2分。
京都高速『上鳥羽』より車で3分。
ミナトビルの三階です。



そして、新しいスタッフも増えました!!

法律のエキスパートとして、弊社にてやる気まんまんです。


まだ見ぬお客様とのご縁を、新たな土地で充実のスタッフとお待ちしております。


どうぞよろしくお願いいたします。

結婚の報告
ご無沙汰しております。





そればっかりですが、私、担当は結婚いたしました。



人生の一大イベントの一つですので大変でしたが、周りの皆様の助けもお借りして大団円の中で結婚生活のスタートを切ることができました。




さて、『家は三回引越するまでは分からない』とよく言われますが、『私はこういう業種なのでぜんぜん大丈夫。』と思っていました。



ですが、意外と難しいものですね。

・家族のの思い
・今後の、家族計画
・そのたもろもろ



自分の身になってやっと分かった事がたくさんありました。




この経験を糧にして今後もお客様に喜ばれる提案をと固く心に誓うのでした。

京都の伏見区
お久しぶりです。

本日は建築から少し離れて弊社を育んだ京都伏見の歴史についてお話いたします。

伏見城は慶長5年(1600)の関ヶ原の合戦時の攻防により、本丸以下ことごとく焼失し、家康は翌6年から再建に着手、同年のうちにほぼ完成しました。

 そして徳川伏見城は家康・秀忠の将軍宣下式の舞台ともなり華やかな時を迎えるが、元和9年(1623)、
3代家光の将軍宣下式を最後に廃城となり、翌寛永元年(1624)にはことごとく破却しつくされてしまいました。

秀吉に指月城築城から伏見城廃城まで、その間30年、普請狂といわれた秀吉最後の大普請であり、自らもその城で息をひきとった伏見山の伏見城に至っては、完成からわずかに3年の寿命でした。

とても辛かったでしょうね。

伏見城廃城のあと、城跡の丸の内一帯の丘陵地は伏見奉行所が管理したが、一部は民有地となって開放され、あたりには桃の木が栽培されて、やがて桃の名所と謳われるようになります。

現在、伏見城跡は広大な伏見桃山陵に包まれてその面影をしのぶよすがもないが、その一部に、当時の姿のままに残るという治部池が睡蓮を浮かべている。

『キャッスルランド』遊園地も過去に併設されていたのですが、時代の流れとともに閉園となりました。

 そして、城の近くの京町筋は秀吉の城下町建設にあたって最初にひらかれた町筋で、南の宇治川岸から北の国道24号線に交わるところまで、1丁目から10丁目まで続き、今も3丁目にはすでに秀吉のころに蒸し羊羹を考案して評判を得ていた駿河屋総本家や、江戸前期の創業という料亭魚三楼といった老舗があり、昔の面影を残す町家もあって、古い町並みのたたずまいを見せています。

戊辰戦争の刀傷など歴史と料理の堪能できるお店ですので、機会がありましたらば是非おためしください。
 
またこの京町筋は、伏見城下の武家屋敷地と町家地を東西に分ける通りであり、今もこの道の東側には当時の武将の屋敷跡の名を伝える、水野左近・井伊掃部・筒井伊賀・羽柴長吉などの町名を残している。

 これにより城跡に近い丘陵地帯の一帯にも、福島太夫・毛利長門・板倉周防などの町名が残り、伏見城が広大な大名屋敷地を擁した天下城であったことをしめしています。

 伏見城当時の大手筋は今よりやや北にあったと考えられているが、城の大手門が御香宮の表門となったことから、表門に面するこの通りを大手筋と呼ぶようなりました。

 慶長6年、関ヶ原の合戦に際しての攻防で焼失した伏見城を再建し、大阪城からこの城に移った家康は、堺から大黒屋常是を招き、丁銀・豆板銀などの銀貨に鋳造を命じた。なんとこれがわが国最初の銀座なのです!!街に歴史あり!!

 今は「しゅもく町廓入口」の碑を残すだけだが、大石良雄が山科の寓居からかよって有名になった廓があったところである。銀座とは逆の方向に両替町通りを南へ、そして一筋目を西に行くと、道は伏見御坊(東本願寺別院)の前で突き当たる。ここが「四辻の四つ当り」といわれるところである。碁盤目城の町筋の多いこの辺りでは、珍しく城下町風の道である。この付近には寛永14年(1637)創業の大倉本家(月桂冠)をはじめ、延
宝5年(1677)に創業の山本本家(申請)などの醸造元がある。

ここからは坂本竜馬の遭難で有名な寺田屋も近い。


K様邸 改修工事中
 さて先日より引き続き、現場事務所からお送りしております。解体工事のほうも一通り完了し、少し寂しくなったK様邸。でも、まだまだ住める家だからこそ、こちらもやる気になりますね。

『K様邸 改修工事 現況写真』

キッチン現況 昨日の写真と比べてみると、よく分かります。

はじめまして。
 いつも、ホームページを見ていただいているお客様、有難うございます。本日初めてのお客様、いらっしゃいませ。どうぞ弊社を今後とも、よろしくお願い申し上げます。

 遂に始まりました!『建築やの毎日。』!建築業と一くくりにされている我々の業界ですが、多種多様な職種が複雑かつ絶妙に絡み合いひとつのお仕事をさせて頂いているのです。

 当方といたしましては、現場の生の写真や知っていると得する建築知識のコラムをもって、少しでも皆様にご愛顧いただければと思います。

 第一弾は『K様邸 改修工事』をお送りいたしますので、よろしくお願いいたします。

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